脱凡人の日常

日常にちょっとしたスパイスを

*

ウナギとハモとサンマの必然性

   

ども、杉野です。

土用の丑の日に某大手スーパーへ行ったら、ウナギの蒲焼きのすぐ隣にハモの蒲焼きとサンマの蒲焼きが並んでいました。

ウナギは2000円、ハモは800円、サンマは400円。

ベタに見えるかもしれませんが、この売り方って上手くできてるんですよね、ホントに。

われわれ日本人の心理には「やっぱり土用の丑の日にはウナギが食べたい」というのがあるワケですが、これだけウナギが高騰してくるとそう易々とは手が出せません。

けれどもやっぱりウナギは食べたいワケで、そこで登場するのがハモやサンマという妥協策です。

妥協するならいっそ諦めればいいのですが、凡人というのはよくも悪くもそこまで潔くはありません。

「ウナギがダメでも、せめてハモぐらいは・・・」という心理がどうしても働いてしまいます。

なぜそうなるのかというと、彼らがウナギに執着しているからです。

土用の丑の日にウナギを食べるのは日本人の文化なのかもしれませんが、それは今や「暑い日にはウナギを食べなければならない」、「ウナギを食べないとどこか落ち着かない」という執着に成り下がっています。

これだけいろんな食べ物の溢れた昨今において、ウナギを食べなければならない、ウナギでなければならない理由なんてないワケです。

ウナギに必然性がないワケですから、ハモやサンマにも当然必然性はありません。

必然性のないものを「~しなければならない」と思い込むのは完全に執着です。

そういった凡人の執着心理を巧みに突く売り方が、ウナギ・ハモ・サンマ、なのです。

まあ、さすがっちゃ、さすがですよね。

 

ちなみに僕は土用の丑の日にウナギやハモやサンマを食うのが愚かだと言っているのではなく、あくまでそこに必然性があるか否かを問題にしています。

昔はウナギでなければならない必然性があったから、土用の丑の日にウナギを食うことにもちゃんと意味があったけれども、今はもうそんな時代じゃないよね、ということです。

なんでもかんでも「文化だから残さなければならない」と考えるのも執着です。

もはやお節料理なんて飾りでしかないしね。

執着と必然性を取り違えないように。

 

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